Interview

未完のアルケミスト

-トライアスリート

佐藤 錬-【後編】

Entry.07

佐藤 錬

Ren Satoh

Q.自分が出ていないということが大きかったのですか?

そうですね。悔しさを力に変えられたっていうのはあの日本選手権だと思います。
そこから練習するようになって、二年生の終わりにはとりあえず7級を取れました。そこからは歯車があっていったというか、練習のコツがぼちぼちわかるようになりました。三年生の時はインカレのシード権を持っていたので東京都選手権に出ました。そこで5位になって日本選手権に初めて出れるようになりました。そこが一番の転機だと思います。
東京都トライアスロン連合の制度で、5位以内だと国体候補選手に選ばれます。そこで初めて三井住友海上の川合さんと知り合いました。今後国体候補選手は合宿などを組んで、強化して行きたいと思いますと名刺をいただき7〜8月で三井住友海上の練習にお邪魔するようになりました。

7月の終わりくらいにはZ3R0D(ゼロディ:トライウェアなどを販売)の藤原さんから、細田雄一さんが合宿を開催するにあたってトレーニングパートナーを探しているのことを聞いて君を推薦した、と聞かされました。
その時はびっくりして、初めて国内トップ選手の雄一さんと練習ができて、そこに呼んで頂けるなんてと嬉しくなりました。

それで8月は雄一さんと合宿をすることができました。また東京都連合の合宿で小田倉さんと梅田さんという、こちらもトップの選手と練習することになったんです。
もちろんどちらの合宿もボコボコにされて、本当にもう笑えないくらいボコボコにされました。でも二年生の時じゃないですけど悔しさを力に変えてやろうっていうのがありました。日本のトップ選手と練習できてることが何より幸せだし、一緒に戦って行きたいって思うようになったのも一つ大きな転機です。
そこで色々経験して、トライアスロンに対する知識もついて、三年生のインカレで5位になりました。そのあたりから卒業後もトライアスロンを続けて世界で戦って行きたいと考え出るようになりました。
そこからどんどん歯車があっていって、初めてアジアカップ村上でITUポイントが取れたんですね、そこで海外でやって行きたいと思うようになりました。


トライアスロンを始めるきっかけ
トライアスロンを教えてくれた人
日本選手権での悔しさや
トップ選手と練習したとき
何かを思う時に、自分ではなくて誰かが必ず側にいる。偶然なのか必然なのか。運命に導かれるように彼は進む。

Q.ターニングポイントになる時にはいつも誰かの存在があったのですね。

そうですね。人に恵まれているなというのは感じています。それこそ人生すべて、小学校の先生とか幼い頃から恵まれてたなと思っています。オカシン、阿部さん、同期、雄一さんだったり川合さんだったり、自分のターニングポイントには必ずいい人に巡り会えてるなと感じます。