Interview

不撓不屈

ー山下陽裕の

プロ意識ー

Entry.05

山下 陽裕

Yousuke Yamashita

山下陽裕のプロ活動

プロ活動と一口に言っても、トライアスロン業界で明確な形があるわけではない。実業団選手もいれば、個人活動でスポンサーを募る選手もいる。
また、大会には学生やフルタムワーカーも参戦することは珍しくない。様々な環境の中で選手がしのぎを削っている。

山下は立教大学を卒業し、2016年4月より本格的にプロ活動を始める。水泳の指導力があることや、文章を書けることを見込んでくれた加藤慶一さんの元で、コーチ業や執筆業にも励んだ。

転機は事故からの復帰となった関東選手権後の7月。
働くトライアスリートに人気のあった早朝スイムの時間帯で、プールの団体貸切ができなくなってしまった。勤務前の施設開放は、一般利用者にも人気だったのだ。

もちろんその状況は指導を受けるお客様にも伝わる。そのうちの1人、会社を経営する社長と話す機会を頂いた。
そこで山下はすべてを話した。これまで自分がどうトライアスロンに向き合ってきたのか、人に言えないようなことも、これからの展望も、自分がどうありたいのかも、何を目指したいのかも、すべてを話した。

2017年9月、山下陽裕はプロ契約を結んだことを公表する。
まずは半年、期間を自ら提示してそれまでに達成すべき自分のプランを示す。まずはこの半年で強化指定を獲得する。オリンピックを目指すために、自分にはスポンサーがついて、練習する環境、時間、お金が整えば必ず結果がついてくる。自信があった。
そもそも自信がなければプロ活動などしていない。
その決意が固まるまでには時間がかかった。そのために大学四年間を費やしたとも言えるくらいだ。
今はもう、自分でこの道を選んだと胸を張って言える。

始めるなら本気でやりたい

立教大学に進学した山下はトライアスロンを始める。山本良介さんの本気でやってみたらどうか? という言葉を受けてトライアスロンを始めた時から東京オリンピックを意識していた。
最初の一年間は簡単に結果は出なかったが、トライアスロンは努力した分だけ返ってくると知った。2013年、大学2年生で出場したU23日本選手権では4位という結果が生まれた。それが自分の思っていた以上にいい結果だったということを受けて、本気で向き合うことを決意する。


大学2年で出場した日本選手権は特別な場所だった。他のレースにはない注目度、途切れない応援、トライアスロンとの向き合い方に迷う時期もあったが、まだ続けたいなと思うようになる。そこからは大学を練習の拠点とした。しかし、立教大学にはトライアスロン部やチームは存在しない。大学での練習は、個人練習を意味することになる。自分自身で工夫をしていかなくてはならない。

そうした環境の中で、大学3年生の頃には自信に繋がる結果がついてくる。
アジアカップ村上では6位、長崎国体6位入賞、日本選手権では16位。オリンピック目指すと言っても恥ずかしくない結果が生まれ始めた。
トライアスロンを始める前はどこまでできるかなんて想像することもできずにいた。
オリンピックという憧れから入ったトライアスロンに、結果がついてきて、みんなも応援してくれる。何よりも自分が打ち込める魅力がある、そんな競技だった。その辺りからプロ選手を意識する。