Interview

諦めない。
発展途上
トライアスリート

Entry.03

肥後 巧

Takumi Higo

怖いもの知らずの挑戦者

学校の水泳部を引退してからは、何を目指すでもなくサギヌマスイミングに戻った。ただ、太りたくなくてふよふよと通い始めた。

すると、そこでコーチに
江ノ島スイム&ランという大会に誘われた。とりあえず泳いで走るのだろう。大会名は明晰だ。
今まではずっと全国を目標に戦っていたけれど、もうそれはない。ただ、その名前の響きが面白そうというだけでの参加を決意した。
結局、その大会は台風で中止になってしまう。
水泳を引退して、大学も指定校推薦で決まっていた中で、ムズムズしている自分がいた。
早く出たいなと思い続けていたのに、中止の連絡を受けた時のショックは大きかった。

何かやりたい。何かやりたい。
全身をかきむしるような感覚に、またコーチが言葉をくれた。それがデュアスロンへの挑戦だ。
今度は水泳がない。そもそもデュアスロンってなんなんだ。分からないけれど、面白そうだ。
すぐに自転車が必要なことに気づいて、
その頃一緒に泳ぐことがあった柳井さんに自転車を借りることにした。
出場する大会が、何に繋がるとかは全く知らないけれど楽しみで楽しみで練習をした。


どういうわけか、高校三年生の1月。
「強くなりたいか?」
の合言葉をもとに集まった大学生のトレーニングキャンプ「Z3R0D YOUNG GANTZ CAMP」に参加することになる。
日体大や明治の学生トップの選手が集まる中に高校生の自分が混ざっていた。トライアスロンをする前に、水泳の時に憧れたような全国で戦う選手を見た。

その後に出場したデュアスロン。
ペースを抑えろと言われたのに、気持ちが抑えきれなかった。何も知らずに無防備に、前へ前へと進む。怖いものは何もない。

快調なスタートダッシュ

東海大学に進学してからは順調にトライアスロンを学んでいく。
関東学生選手権では7位でインカレの切符を掴むことができた。
そして出場したインカレの記憶はほとんどない。がむしゃらにどうにかして上位に入りたいという思いでレースを展開する。
結果として個人入賞し、
優勝したのは浅海先輩だった。


インカレで絶対に活躍してやるというモチベーションではなく、自分がどこまで戦えるかを楽しみに突き進むだけだった。それだけで、自分の気持ちだけで戦い続けた。

二年生になると1番になりたいと思うようになった。武器であるスイムだけでもラップ1位を取る。潰れてもいいから攻めていく。それが自分にできることだから。


自分の武器が明確になるとレースが変わってきた。
後続の大集団が先頭に追いつくレースだった、インカレがスイムから少数で逃げるレースに変わった。
自分もいつの間にか変わっていて、日本選手権で戦うことが目標になる。11位でフィニッシュした時のランのキレは今も覚えている。