Interview

誰かのためじゃない

私のために

マネージャーをするの

Entry.26

菅井 実果

Mika Sugai

平日20時からのスイム練習。室内プールで水の音がする。水をかく音がする。水を蹴る音がする。オーバーフローに水が流れる音がする。ゴゴゴゴオ。まるで、選手の流れる汗の音が集まったみたいに。
だけど、それだけじゃない。忙しなく、吐き出し続ける声がある。呼吸のように、当たり前にそこに存在する。水の中にまで、その空気の振動は届かないかもしれない。届いたら嬉しいな、と思うこともあるけれど、そっと閉まってからタイムを読み上げる。菅井実果は、トライアスロンチーム ノースウエストのマネージャーだ。

新しいスポーツで全国大会へ

早稲田大学のメンバーを中心に構成されているトライアスロンチーム ノースウエスト。三年生になった菅井は、チームの副幹事長で、マネージャーで、新しい仲間を探していた。四月は、出会いの季節だ。私があなたに出会う季節で、あなたがトライアスロンに出会う季節。
「トライアスロンなんて大変そうなもの……」と、正直、自分だって声をかけられた時に思った。だけど、あの時に声をかけてくれた先輩は、人数を集めたかっただけなんかじゃなくて、心底トライアスロンが好きだったんだな、って今では思う。
今日は、何人に声をかけることが出来ただろう。どんな目標でもいいから、あなたがトライアスロンで頑張る姿を見たいと思って声をかける。
「トライアスロンで全国大会に行きたくない?」そう聞くと、目を輝かせる子と出会う。そんな出会いを重ねて、そんな人たちと、私は全国大会へ行きたいんだよ。
個人競技のトライアスロンだから、目標は人それぞれになってしまうけど、あなたの輝く姿を見てみたい。
それは、マネージャーとして奉仕をしたいという意味ではなくて、誰かのために働きたいとかでもなくて、私自身のため。私がその姿を見たいから、マネージャーをしているの。選手しか見れない景色もあるのは分かっているけれど、マネージャーにしか見えない景色だって存在する。

『インカレ』に飲み込まれる

初めて見た全国大会、通称『インカレ』の舞台を思い出す。夏の日差し、海辺の湿気、潮の香り、紫外線なんて気にしないで腕まくりをする。
ここは、いつもと違う場所。そこに集まった選手の感情が集まって、独特の雰囲気を作り出している。すっかり飲み込まれてしまった。一年生で、一緒に入部した同期は誰も出ていないのに、どれくらい汗を流したらそこに行けるのかも知らないのに、それなのに、憧れた。私も、この世界で汗を流したい。涙を流したい。やるなら本気になれる場所、それは選手だけが抱く気持ちじゃない。
その日から、チームの遠征には全て参加しようと決めた。サークルで自由な雰囲気もあるノースウエストには、色んな楽しみ方がある。私が決めたのは、全部を見ること。自分の知らないところで、選手が輝いていたとしたら、なんで行かなかったのかときっと後悔してしまうから。全国各地の遠征にはお金も必要だけど、そのためのアルバイトならいくらだってできる。

マネージャーにできること

マネージャーにしかできないことって、パッと思いつくものはない。誰でもできることと言っても間違いない。むしろ、「選手じゃなくてもできることは全部マネージャーがやりたい」と考えているくらいだ。
レースの結果に影響を与えることのないような些細なこと。練習やレースだけに向き合って貰うために、雑用でも何でもやりたいと思う。
手伝ってくれて嬉しく思うこともある。気にかけてくれて救われることもある。だけど、レンタカーの予約も、宿の手配も、テントの設置も、誰でもやれるようなことなら何でもやりたい。それが、あなたの姿を見たい、あなたたちの姿を見たい、そんな私のためだから。
マネージャーのやっていることを分かって欲しいのではなくて、進むべき道に真っ直ぐ向き合っていて欲しい。マネージャーは表彰台に立つことはできないし、技量、のようなものを評価されることもないし、知られる必要もない。
それでいて、自分が頑張った分だけ成長がある、という訳でもないから難しい。でも、だからこそ、難しいと思うから、泣きたくなるくらいに心が揺れるんだと、気づいてしまった。