Interview

中村 浩士

旅は振り返るもの

Entry.22

中村 浩士

Koji Nakamura

あと10キロ、もう10キロ

いつからかチームができて、キャプテンを任された。そこにはロングに挑戦する人が現れるようになった。自分には遠過ぎて踏みいれようとは思えなかった場所が、意外にも近くにある。その先に進むとどうなるのか分からない。だけど、一歩だけ、たったそれだけ進めば未知の世界に飛び込める。

2014年、アイアンマン北海道。どんな旅になるのだろう。想像もできない旅だった。

長いレースだった。前年のハーフアイアンマンですら限界を感じていたのに、それ以上だなんて考えられない。

洞爺湖は8月だというのに肌寒く、袖のないロングジョンのウェットスーツが裏目に出た。寒い。

事前に視察をしていたバイクコースは潰れないようにゆっくりと進む。完走のために体力を残そうとしても、この後のフルマラソンにどれほど余力を残せばいいのかやってみなければ分からない。先の見えない過酷な旅だった。

ランは、初めてのフルマラソン。単体でも経験のないものを既に疲労を残した状態で挑む。辞める理由ばかり考えて走った。ゴールがあまりにも遠くて、この旅に終わりなんてないんじゃないかと思うくらいに。




どれくらい、進んだだろうか。

時計を見て、距離表示を見て、その先のあまりの長さに光が見えない。旅は苦しくて辛い。

残り10km地点。

まだそんなにあるのか、と落ち込んでいると、不思議な声がした。同じ場所にいるはずなのに考え方が違う人の声だった。

「もう終わっちゃうよ」

大会の運営スタッフの方が声をかけている。

もう?

そんなはずはない、あと10kmも残っている。ゴールの光はまだ見えない。そう思って前を見た。遠く遠くの光がチラついたような気がしてハッとする。この旅が終わってしまう。もう終わってしまう。急に名残惜しくなった。この先に仲間がいる。ゴールしたら何を話そう。ゴールだけじゃなくてゴールのその先までの視界が急に開けた。

旅は楽しいほど早く終わってしまう。楽しまなきゃと思わされたと同時に、あっという間にレースは終わりに近づいていた。

走れなかった10キロ

いいことが必ず起きるのが旅ではない。時には上手くいかないことだってある。初めてのアイアンマンから一年後、今度はもっとトライアスロンを楽しみたかった。北海道のアイアンマンよりも制限時間が1時間短い長崎の五島列島でのレースだった。

これまで通りなんとかなると思っていたが、結論としては甘くはなかった。練習不足や調整がうまくできなかったこともあった。失敗の理由をあげればキリがないが、とにかく完走ができなかった。
ちょうどトライアスロンの楽しさを教えてくれた残り10km地点。関門に引っかかってしまい強制的にレースが終了した。正直なところ、回収車に乗ってホッとしている自分がいた。やっぱり簡単なものではなくて、自分には難しいものだと気づかされた。少なからず、自分の会社にも迷惑をかけているのに完走も出来ずに、旅の半ばで引き返すことに申し訳なさを感じて、ロングは辞めようとすら思った。

旅を終えて、会社に引き返す。

失敗の報告に対する反応は、トライアスロンを続けて欲しいというものだった。家族も同じだった。トライアスロンをしている自分を認めてくれて、応援までしてくれている。文句も言わずに良しとしてくれている。

可愛い子には旅をさせよと言うが、この年になっても旅は許されている。




それからいくつの冒険を乗り越えてきただろうか。旅をして家に帰る。旅をして仕事に戻る。仕事をして家に帰る。この三つのバランスがいつしか心地良いものになっていることに気づいた。気付いた時にはできあがっていた三角形。まるでトライアスロンの三種目のようにバランスを保っていた。僕には一つだけじゃ駄目なんだと思った。



トライアスロンは人生を豊かにしてくれる

僕にとってのエネルギーなんだ。