Interview

星の彼方へ

〜坂入和徳の冒険〜

Entry.20

坂入 和徳

Kazunori Sakairi

夜空の星を数えてみる。ひとつ、ふたつ、みっつ……
どこまで数えたか分からなくなってやめる。
輝きの一際大きなあの星はなんだろう。
リズミカルに明滅するあの星。
消えてしまったかと思えば大きな光を放ったあの星。同じように見えて星の瞬きには個性がある。
あの星に行くことはできるのだろうか。ワクワクする。
子供の頃、世界が広がって行ったあの瞬間を思い出す。世界を広げたい。坂入は宇宙へと冒険の旅に出る。

冒険の匂い

坂入和徳は38歳になってトライアスロンに挑戦する。
目の前で起きる出来事に対処するだけでなく、ずっと先を眺めてみる。このまま何もしなかったら、その辺りに転がっている石ころになってしまうのではないか。デブのオヤジになって、時間だけが過ぎて行くのではないか。自分の中の可能性を探っていると、まだ燃えることができるのではないかと気づいたのだ。燃料は残っている。
いつの間にか心の奥底に眠ってしまっていた燃料は、大人になる過程で沈んでいた。
もう一度掘り起こして、燃やすことはできないだろうか。灯油でも石油でもなんでもいいが、冒険の匂いがした。
宇宙に飛び出せば新しい世界が広がる。坂入にとってのトライアスロンは、ワクワクする宇宙への冒険のような未知への挑戦だった。

冒険の始まり

自分なりに練習をして、距離の短いレースに出場する。埼玉県の彩湖で行われたスプリントディスタンスのレースは宇宙への境界線を超えるかどうかの場所だった。空気の薄い、苦しい場所だ。
初めてのレースで、知識も何もない坂入は光の届かない場所に来てしまったように感じる。不安が大きくて何をすればいいのか分からない。コースロープもない。下を見てもプールのようなタイルもない。前を見ることも分からずに、なんとか生き延びるようにして平泳ぎと背泳ぎで完泳する。やっとのことで戻ってきても、それだけでは終わらない。これからバイクとランが残っているのだ。最後は攣った脚をなんとか引きずりながらゴールする。そこにあったのは達成感ではなくて、なんとかしなきゃいけないという使命感だった。この冒険を続けるためにはどうすればいいのだろう、自らの挑戦の大きさが計り知れないことを知った。


坂入は知識を得るために、NASトライアスロンスクールに入会する。当時、レッスン自体はスイムだけしかなかったが、情報を手に入れる場所として、同じような不安を抱えた仲間を見つける場所としてこれほどまでに適した場所はなかった。次第に、他の支店のメンバーとも知り合うようになりチームを作った。
東京、千葉、神奈川などの関東圏から8人ほどのメンバーが集まり作戦を練る。競技ヒエラルキーのてっぺんを目指さずに、裾野を広げよう。速さじゃなくて、それぞれが活躍できる場所を作ろう。
坂入のように誰もが初めは不安を持つ。
そして仲間を求める。1人だけじゃ暗い宇宙へは行けないのだ。
ビジネスのスキルも熟達した知識の集まった作戦会議。誰でも気軽に始められるランニングの練習会を開始することになった。これが仲間集めには最適解に違いない。
2週に1度、皇居での練習会が始まると、仲間が増えていく。不安を持つ人が集まって、ゴールをすれば喜びを共有したい。個人競技でいて、チームのようであるトライアスロンは新しい出会いを与えてくれた。
40〜50代にもなって、会社以外の新しい友達ができるなんて思いもしなかった。新しい世界への冒険は、新しい出会いを、仲間を作ってくれた。トライアスロンをやらなければ出会えなかった仲間たちだ。

それぞれの冒険

チームにこそ速さは求めないけれど、自分には速さを求めた。坂入にとってトライアスロンでの冒険は、今までに成し得なかった世界へ足を踏み入れることだと分かったからだ。始めた時こそ、楽しめればいいと思っていたが、いつの間にか戦いの緊張感の中に身を置きたくなってしまう。スポーツでの競争とは無縁かと思っていたこの年齢になってもだ。
野球をしていた頃の成績も、大阪3位。テニスをしていた頃の成績も関東大会ベスト8、本気で臨んでいても全国への切符は手に入れられなかった。
大学の体育会で鍛錬したテニスの世界でもインカレの舞台には立てなかった。
そんな自分が、社会人になってから世界大会を意識するまでになっているのだ。
レースに出たばかりの頃は、リザルトの1枚目に名前を載せたいなとぼんやりと眺めていた。優勝はできなくても、それくらいならできるかもしれない。1枚目に名前が載る機会が増えてくる頃にぽろっと1桁順位を獲得する。すると、それを維持したくなる。それがいつの間にかエイジポイントを取りたいと思うようになって、ランキング上位を狙いたくなって、そして世界選手権の出場権利が欲しくなる。1番近くの星への冒険を終えると、すぐにもう少し先の星が見えてしまう。満足することがないのだ。初めからずっと遠くを見ていた訳ではないが、目の前のワクワクを信じているといつの間にか世界選手権という、ずっと遠くの世界に近づいてしまったのだ。


坂入の作ったチームのコンセプトは、速くなる必要はない。誰か1人が主役になるんじゃなくて、それぞれが活躍する場所にしたいと思っていた。だから自分が活躍できることがチームのためであるとは思わない。
同時に自分は次の星へと冒険を続けたい。もちろん、そこに矛盾は感じない。チームはまるで宇宙のようで、いくつもの輝く星が存在するからだ。全員が、自分自身を主役だと思ってていい。
「star」には主演するという意味がある。同時に「star」には(人を)主役にするという意味もある。自動詞と他動詞が混在するのだ。
坂入和徳はスターでありながら、スターを作る。
夜空の星を数えてみる。ひとつ、ふたつ、みっつ……
どこまで数えたか分からなくなってやめる。
だけど、新しい星を探すことはやめないだろう。トライアスロンを続けていくように。